Site Loader
ご予約・お問い合わせ
〒812-0011 福岡市博多区博多駅前 2-19-17 トーカン博多第5ビル 11階1105号室

安心・平穏・喜び・夢・希望・幸せ

占あかり

いつもあなたの全てが
一番大切です。

人生の 価値ある ひと時に、、、

★★ 占い鑑定 相談料金 ★★

一般 1500円 30分

(30分から10分ごと500円追加)

ご予約・お問合せ

(10~22時受付)

(24時間受付)

お知らせ

占い師たかしのメルマガ配信中!

ココでしか聞けない裏話、日常に役立つあれこれ、メルマガを通じ無料で配信しています。占いの知識、時事、仕事、金運アップ術、男と女、家族、自信と誇りの回復、人生の幸せあれこれ、楽しく、また様々な情報盛りだくさん配信中です。

▼ ご登録はこちら ▼

占い師たかしの日々幸せ見つけるメルマガ
ここに、メールアドレスをご記入の上
登録ボタンをクリックしてください。
Powered by メール配信システム オレンジメール



義命の存する所
 

「義命(ぎめい)」とは、

「人として守るべき正しい道理(義)」と、「天から与えられた宿命や使命(命)」を組み合わせた言葉です。正しい道義を尽くすことによって、自らの使命を全うするという意味で使われます。

この言葉は歴史的な文脈や思想において、主に以下の2つの意味で用いられます。

1. 東洋思想における「義」と「命」

中国の古典『春秋左氏伝』に登場する言葉が語源の一つとなっています。「信義があってこそ正しい道(義)が守られ、その義にかなってこそ命令(命)が定められる」という教えに由来しています。
個人の利益や時の勢い(時運)に流されるのではなく、人として正しい道(義)を貫き、天命に従って生きるという道徳的な指針を示しています。

2. 終戦の詔書における「義命」

昭和20年(1945年)8月15日に出された「終戦の詔書(玉音放送)」の中で使われた言葉としても非常に有名です。

詔書の中の「朕(ちん)まさに帝国と万邦の臣民とが、義命の存する所を同じうし、万世のために太平を開かむと欲す」という一節で用いられています。

ここでは、日本が戦争終結という大きな決断を下すにあたり、単なる敗戦(時勢や成り行き)によるものではなく、「人類の平和と道義(義命)」を守るための崇高な決断であるという意味が込められています。

 

 『「信を以て義を行い、義を以て命を為す」(春秋左氏伝)。

「義命」とは大義名分よりはるかに重いもので、道徳の至上命令にあたるもの。
 安岡は口癖のように、「為さざる有るなり。而(しか)る後、以て為す有るべし。学はこれに過ぎず。」(孟子)と言。
安岡はもともと山本五十六をはじめ要職にある人々に、何としても今度の戦争は避けなければいけないと言っていた。しかし、「為さざる有るなり」のところで大きな過ちを犯して戦争に突入し、それが破綻したいま、勇気を奮って戦争を収めるべきである。
その理由は「戦い、われに利あらず(時運)」ではなく、はじめに返って「義命ノ存スル所」でなければならなかったのである。』(神渡良平氏「安岡正篤の世界」より抜粋)


戦後も、安岡正篤は「義命」の重要性を説き続けた。
 
 
 

安岡正篤先生

「終戦の詔勅」

 『日本の開闢(かいびゃく)以来初めての、 思いもかけぬ、あるいはとんでもない悲運に遭遇されて、 陛下がこのご詔勅を渙発なさいますについて、私は沈思熟慮いたしまして、欠くべからざる二点、細かいことは別としまして、絶対に必要なる二点に気がつきました。

 その一つは、いかなる国の敗戦、降伏の場合にも未だかつてない、 西洋流に言えば黄金の文字、日本の天皇なればこそという権威のある言葉をどうしても選びたいということ。

 他の一つは、これは力尽きて仕方なく降伏するというのでなく、 道義の命ずるところ、良心の至上命令に従ってする、損得利害の問題でないということ、それが日本の皇道であり日本精神の眼目であるということ。

 この二点だけはどうしても逸してはならぬと考えまして、まず最初の問題のために千思万考いたしまして、これ以上の言葉はないと思ったのが「万世ノ為ニ太平ヲ開ク」であります。
これは宋の大儒の一人、張横渠の有名な四箇条の名言の最後の一条であります。

もう一つが「義命ノ存スル所」ですが、
これが道義の至上命令、良心の最も厳粛な要請という意味であることは申すまでもありません。
 
 戦に負けたからこうするというのではない。これ以上に戦を続ければ屍山血河の果てに屈するからやめるというのでもない。
 
場合によっては、堂々と勝ち戦をしておってもやめる。
 
戦えば戦えるという場合でも、道義、良心の命令とあれば敢然としてそれを捨てる。これが義命であります。
 私はこのように考えまして、この二つの言葉だけは絶対に失ってはならぬと時の内閣に厳談、厳請いたしました。
 閣僚たちがこれを審議しましたところ、「万世ノ為ニ太平ヲ開ク」については、戦に負けてこのように言うのはいかにもどうも大法螺(おおぼら)めくではないかという意見、また、いや、これは愉快だと賛成するのもあったそうです。
 次の「義命」になりますと、こんな言葉は聞いたこともないという人が多く、我々の分からんような難しい言葉が国民に分かろうはずもないから、これはやはり「時運ノ趨(おもむ)ク所」がよいではないかということになったと聞いております。
 
「時運云々」は、いわば風の吹き回しで、ということです。
 
風の吹き回しで降伏するというようなことは、 日本の天皇にあるべき言葉ではありません。
 こんなふうの審議の結果、この二箇条は二つとも絶対にまかりならんという人もあったのですが、二箇条とも不可ん(いかん)というのでは安岡も承知すまいからと、「万世ノ為ニ太平ヲ開ク」の方を残すことになったのだそうです。
 
 これは非常に残念なことでありまして、仮に後世の学者が―これはちょっと余計のことでありますが―このご詔勅を学問的に取り扱うことになった場合、その中に識見のある学者がおりましたならば、 日本天皇の信念行動の厳粛な道より観て、この詔勅の「時運ノ趨ク所」はいけない。
 
これは当時の起草者、起草に携わった学者に識見がなかったことを証明するものだと言うでしょう。私が後世の学者だったら必ずそう思います。今さら言いましてもまことにせんないことでありますが、もっての外のことと言わねばなりません。
 
 中には、ご詔勅の起草に携わったことをたいへんに名誉なことと言う人もありますが、私には実に永遠に拭うことのできない恨事であります。千愁万恨という言葉がありますが、深く私の心、魂を傷つけたものであります。』
 
藤森昭一氏(当時.宮内庁長官 )の談話~
『今年(昭和63年)の夏、那須御用邸に陛下のお供をしたのです。8月15日が近いものだから、自ずから終戦当時のお話が陛下からお出になった。私は、陛下に対しこう申し上げました。
 ”実は、陛下、私は安岡正篤に近しくしておりました。
安岡は、終戦の詔勅について、刪修にどうかかわりがあろうと、詔勅が一旦、渙発されたら、それは陛下のお言葉である。決して他に漏らすべきではない。これが安岡の心でありました。
 
 が、その時、安岡は自分が書き入れた「義命の存する所」を
「時運の趨く所」と書き直されてしまったが、これは
「 天皇道 」の本義からして実に遺憾であると言っていました。”
と、陛下に申し上げた。
 
 すると陛下は、真にわが意を得たりというご表情で大きくお頷きであられた。』
 
(戦後70周年/終戦記念日を迎えるに当たり再掲。
公開中の映画「日本のいちばん長い日」でも“終戦詔勅”閣議決定の場面あり。)

Post Author: akali

カテゴリー